天国への道2

🌸4世代10人ドタバタ国際家族が幸せな家庭をめざしてどう生きるか? 日々のエピソードや所感を勝手気ままに書き散らかしていきます🌸

「愛のピッチャー」と「愛のキャッチャー」二刀流とは?


愛のピッチャー」と「愛のキャッチャー」二刀流
とは何でしょうか。
浅川勇男著『いのちの言葉』より抜粋しました。


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新型コロナ禍で、
夫婦がレストランで「黙食」するのは納得できる。
しかし、家でも「黙食」し、
言葉を交わさない「黙生活」をしていたら
幸せな夫婦と言えるだろうか。


妻に「行ってらっしゃい」と見送られることなく出かけ
「お帰りなさい」と迎えられることなく、

家に帰る夫は幸せとは言い難い。


ましてや「私達夫婦は新型コロナの前から黙食でした」
と語る夫婦は、幸せからも見放されてしまう。


人は愛ある言葉を投じる「愛のピッチャー」
ならなければ幸せになれない。


さらに、どんな言葉でも、愛を持って受け止めることも重要だ。


名捕手は、投手の投げたどんなボールでも受け止める。
捕手の頭上を越える暴投でも飛び上がって受け止め、
バウンドしたら体を張って受け止める。
外側にずれたら横っ飛びしてキャッチする。
ストライクゾーンでなくても、

上下左右どこに来ても受け止めるのだ。


同じように相手が投げて来る言葉が、
暴投のような暴言なことがある。
気に障り腹が立つこともあれば、

支離滅裂で意味不明なこともある。
聞くに耐えられなくなって、口を挟みたくなる。


しかし、愛のあるキャッチャーは、
どんな言葉も笑顔で受け止める包容力を持っている

それが、幸せをもたらす「愛のキャッチャー」なのだ。


平和を愛する世界人、文鮮明先生は自叙伝(150頁)で、
次のように語っている。
「真心を込めて聞かなければなりません。
それがその人の生命を愛する道である」


人は自分の語った言葉を受け止められて愛を感じる。
どんな言葉でも受け止めてあげるのが愛だ。


「愛のピッチャー」と「愛のキャッチャー」の
二刀流を使いこなしてこそ幸せになれる。


抜粋:Sunday世界日報「いのちの言葉」より